August 21st 2002 起きるとすでにだるかった。何もせずにじっとしているだけなのに、どうにも疲れて仕方がない時がある。今日はそういう日だ。立ったり座ったりこまめに動くと動悸がし、本を読むのもだるくなる。目と脳はあんまり退屈なので刺激がほしくて仕方がないのに、おなかの中には漬物石でも詰まっているかのようで座った姿勢がつらく、手は本を持つのすら疲れていやだという。ゲームで遊ぼうと思ったが、わたしの腕はキーボードに向かい、直角に曲げられた状態でがんばることがさぞいやそうだ。
仕方なく体の望みを聞いてやることにして、メインPCの電源を落とし、読みかけの本は放り投げて寝室へ行った。枕兼ぬいぐるみの通称「犬ちゃん」(名前をつけるつもりは今後もない)を引っつかみ、脇に抱えて、タオルケットをかけて横になった。本の続きが読みたかった。しかしこのだるさには勝てない。つまらない。眠れそうにない。
と思っていたけれど、どうやらだいぶ長い時間眠ったらしい。目が覚めると部屋の中は暗くなっていた。壁にかけてある、だんなさんのクリーム色のワイシャツだけが白く浮いて見える。ああ 寝すぎたな。もう7時ごろだろう。起きて米をとがないと。ご飯の用意をしておかないと、そう思ってわたしは足を上げ、反動をつけて飛び起きた。だいぶ調子がよくなっている。昼よりずっと体が軽い。
下の階に下りる前に、仕事部屋に寄ることにした。だんなさんはEQで終日商売人をやっている。(※)時々回線が切断されてゲームが勝手に終了していることがあるため、わたしが日中のチェックを行っているのだ。普段はモニタの電源を消して多少節電につとめている。電源のボタンを押すが、ディスプレイがつかない。 だいたい、押している感触がさっぱりない。ボタンに人差し指を押し当てているのに、一向に反応する様子はない。そういえば、自分の指の存在感すらない。
ははあ またか。わたしはまだ目覚めていないな。
と気づいたとたん、わたしは寝室で犬ちゃんを抱えて布団の上に横になっていた。時々こういうことがある。頭だけ起きたつもりで体はまだ目覚めていないのだ。勝手に夢の中で起きたつもりになって動き回り、はっと「まだ夢だ」と気づいて布団に戻される。一回引っかかると、本当に目覚めるまでに5-6回のトライが必要になる。厄介だ、今日は何回繰り返すのか。半分寝ぼけた頭で考えながら、何とか目を開けようとしてみた。まぶたの隙間から白いワイシャツが一瞬見えるが、すぐに目は閉じてしまう。横目にしてみた。仏壇とお位牌が視界に入る。おばーちゃん、たすけて!わたし これから起きて夕飯の支度をするの。殴ってでも何でもいいから起こして!しかし冷たい霧に包まれたような感覚がするだけで、目だった助けは得られなかった。
わたしは自力で何とか起きた。ようし。また仕事部屋に行く。ディスプレイの電源もついた。品物はあまり売れていない。・・・でも、何かがおかしい。おかしい。わたしはまだ目覚めていないと、頭のどこかで気づいている。おかしなところを探せ。嘘を見つけ出せ。
それはすぐに見つかった。部屋の位置がおかしい。寝室と仕事部屋は向かい合っているのに、わたしが今入った部屋は寝室の隣にあった。間違っている!
と気づくとまた布団に戻されていた。ええい、面倒くさい。目はやっぱり開かない。起きろ、起きろ!犬ちゃんをわしづかみにしたまま、また足で反動をつけてえいっとばかりに起きた。これで3度目、今度はどうだ。
やっぱり違う。今度はさっきよりもニセモノ感が強く、あからさまだった。向かいにあるはずの仕事部屋ははるかかなたに小さく見え、もやがかかっている。どこの大豪邸だろう、部屋同士の間隔はゆうに100メートルはありそうだ。ハズレだ、戻れ。
また布団からやり直しだ。同じく犬枕を引っつかみ、勢いをつけて起きる。この時点でもうだるさはすっかり吹き飛んでいた。もうそれどころではない。わたしは普通に眠りから覚めたいと必死だった。寝室よし。部屋と部屋との間隔よし。しかし、仕事部屋の戸の前には白い大きな人影が立っていた。あっ この人はわたしの夫だ。 だんなさんだ。腕をつかむ。いつものあたたかみと中にきちんと肉体が納まっているという張りが伝わってきた。
「おう」
「どうしたの?仕事早かったの?」
「うーん。まあね bazaarどうなったかなーと思って今見に来たところ」そういう彼は、白いコートに身を包んでいる。おととしの冬、一緒に選んで買った長い白のスポーツ用のコートだ。・・・コート?
まただ。まだわたしは寝ている、この人はニセモノだ!夏にコート?今週は残業が続く大変な週なのにbazaarが気になって帰ってきた?コートの袖を上からつかんで体温や腕の感触を感じるものか。違う、あほらし、もういいかげんにしろ。わたしはもう何分ぐらいこのばかばかしいループの中にいるのだろうか。夢の中のだんなさんは困ったような顔をして笑っている。この寸分たがわぬ姿の、本物でないパートナーを夢の中に登場させて、わたしは何をしようというのか。自分の頭の中の夢製造装置の部分はどういうつもりなのか。自分で自分の部分が理解できない。わたしは突然、猛烈に腹が立ってきた。
「ちくしょうー!ほ ほんもの出しやがれー!」
自分の口から出た大声にびっくりして目が覚めた。わたしは、本当に、目が覚めた。大事に抱えていたはずの犬ちゃんは部屋の向こうに吹っ飛び、腹を出して転がっている。タオルケットも足元に飛んでいた。時計を見ると、7時40分ごろだった。目の前には白いワイシャツ。これが白いコートの正体らしい。
夫は10時ごろに帰宅した。このばかばかしい出来事を話すと、呆れたような笑い顔を見せた。今回は5回で抜け出せたか。この形式の夢は面倒なばかりでちっとも楽しくない。つかれた。
※EQ オンライン専用RPG エバークエスト。わたしたち夫婦は3年越し このゲームで遊んでいる。
※bazaar EQの中の一地域の名前。その名のとおり、バザーができる。プレイヤーが売り場に立って、売り子をするのだ。FF11のシステムと似た感じ。ずっと売り子をやりたいのならば、ずっと接続していなければならない。